清水建設が挑む「生成AI全社活用」プロジェクト ~ボトムアップで現場と経営をつなぐDX戦略~

清水建設株式会社では、2023年から生成AIの活用を開始。2025年4月にはAIアシスタントサービス「Lightblue」を全社導入し、従業員約3,000名がアクティブに活用する組織へと変貌を遂げています。今回は、このプロジェクトをボトムアップで推進しているDX経営推進室の取り組みについて詳しく伺いました。

生成AI導入の軌跡:試行錯誤の道のりから学んだ成功への道筋

ゼロから始めた生成AI活用への挑戦

2023年、ChatGPTの登場で世界が生成AIに注目する中、他業界と同様に建設業界でも生成AIの利用に慎重な姿勢を示しており、清水建設においてもリスクを重視して活用を控える動きがありました。

しかし、企業における生成AI活用の重要性が少しずつ見直されていく中で、清水建設は「安全に使える生成AIを積極的に活用していく」という方針を打ち出しました。

この方針が生成AI活用の出発点となり、デジタル戦略推進室(当時)ではセキュリティ面を重視した生成AIサービスの導入に着手しました。

「導入初期はなかなか効果的なユースケースを見出せず、利用者数が横ばいでした。しかし、生成AIには当社の働き方を変えるカギになる、と確信し継続的な取り組みを決意しました。」と中村(壮)主査は振り返ります。

清水建設 DX経営推進室DX企画部 中村壮吾 主査

中期DX戦略の中核の1つに位置づけられたAI活用

2024年春には生成AI推進体制を強化。「建設業の中で一番AI活用する企業を目指す」という目標を室内に宣言しました。また、2024年7月に策定・公開された中期DX戦略では、AI活用を戦略の中核の1つに位置づけました。

更に2024年10月には組織改編でDX経営推進室が発足。室長に副社長兼CIOが着任し、データ・AI利活用が重要な課題として認識されるようになりました。

転機となった「Lightblue」へのリプレイス

「Lightblue」が選ばれた3つの理由

DX経営推進室では2025年2月、当初導入した生成AIサービスから「Lightblue」への切り替えを決意します。選定の決定要因は以下の通りです。

  1. RAGを用いたマイアシスタント機能:ナレッジを自由に追加でき、部門別・用途別アシスタントを構築できることで「専門性の高い業務」への利用が可能
  2. マルチモーダル対応: 図や表を多く含んだ文書の読み取りも可能なため、技術文書にも応用可能。

3.強固なセキュリティと運用管理機能:シングルサインオン(SSO)機能や管理者機能が充実しており、エンタープライズでの導入が可能

Lightblue」導入後、利用者から「使いやすい」「実際に業務に役立つ」という声が増加。社内の生成AIに対する雰囲気が完全に変わりました。

生成AIの全社浸透が進んだ秘訣

経営層の生成AI活用意向を高めたアプローチ

経営層への展開は、実際の業務データを使ったデモンストレーションから開始。

「スライドでの説明では生成AIの凄さを伝えることが難しく、できる限りデモを見ていただき、すぐに使っていただけるよう心掛けました。」

様々な場で実践的な説明を続けていくことで、役員レベルでの生成AI利用も進んできています。後述する従業員向けのハンズオンセミナーに役員の方が参加されたり、個別説明の引き合いを受ける機会が増えたりするなど、広がっている手応えを感じると語ります。

清水建設 DX経営推進室DX企画部 宮島壱登氏

現場に響く地道な「普及活動」戦略

DX経営推進室は4名体制で「普及活動」を推進。宮島氏は事例の発掘と展開が重要だと述べます。

「業務アシスタントの開発に取り組みつつ、定期的なハンズオンセミナー開催や社内SNSでの情報発信も行うことで、ユースケースの発掘と展開に取り組んでいます。良い事例は我々も参考にしながら、水平展開できるよう常に情報をアップデートし発信しています。」

生成AIサービス利用状況レポート

最大20名毎の教育プログラム

4月の全社説明会には延べ600名が参加。その後のハンズオンセミナーは20名規模で基本的な操作方法にフォーカスし実施しています。

「20名は質問しやすく、一人ひとりに目が届く最適サイズ。きめ細かいフォローが可能です」
本ハンズオンセミナーは隔週で開催されていますが、応募を開始するとすぐに予約が埋まるほど注目を集めています。

清水建設 DX経営推進室DX企画部 中村航也氏

継続的な情報発信で意識改革

清水建設で利用している社内SNSでは月間約1,000名が閲覧するチャンネルが開設され、新機能紹介や活用事例を定期共有。このチャンネルは現在、社内で最もフォローされているチャンネルの1つとなっており、実際の活用方法がプロジェクトチームだけでなく、現場からも発信される状態になっています。

「最初こそ我々からの情報発信が主でしたが、今ではユーザーからの事例共有や困りごとなどが投稿されており、活発な情報交換の場となっています。今後は社内での事例発表イベントの開催も予定しています。」と中村(航)氏は述べる。

専門性を活かした部門別アシスタントの構築

社員が積極的に活用できるよう、全社公開アシスタントも整備。例えば建築施工に関する技術文書アシスタントにおいては、技術文書を発行している部署による精度検証を経て正式展開を予定するなど、業務アシスタントの標準化・ルール整備にも取り組んでいます。

これらの結果として外勤社員は技術文書検索に、内勤社員は業務マニュアルに基づいたAIチャットボットを展開するなど、業務内容に合わせた活用シーンが生まれています。

構築が進む部門別アシスタント

次のチャレンジ:現場とオフィスをつなぐAI活用の未来

内勤から作業所へ:次の展開ステージ

全社導入から数ヶ月経ち、2025年7月現在では約3,000名がアクティブに活用するも、利用者の大部分は内勤者。今後は作業所への展開が重要課題として位置づけられています。

「小さなことでも、実際に使える事例を増やしていくことが大切だと考えています。技術文書の検索は1つの例ですが、報告書類の作成などにも活用していきたいです。Lightblueであればスマートフォンからも利用できるため、その点もアピールしていきたいと思います。」

清水建設 DX経営推進室DX企画部 岡崎良孝グループ長

業務の標準化やデータガバナンスの重要性

生成AIを利用するユーザーは増加している一方、今後の活用促進においては課題もあると岡崎グループ長は述べます。

Lightblueでは簡単にアシスタントを作ることができますが、部門別に業務マニュアルが作られていると、アシスタントが乱立することにつながります。業務マニュアル等のドキュメントを整備すること、ひいては業務を標準化することが非常に重要だとあらためて感じています。最新のドキュメント管理する運用体制も大切ですね。AIエージェントを含めて今後生成AIの活用を進めていくためにも、業務の標準化やデータガバナンスに引き続き取り組んでいきます。」

業務自動化にむけたエージェント機能

清水建設は、生成AIの活用価値を高めるためにワークフロー自動化を可能にするエージェント機能の活用を見越し、トライアルにも取り組んでいます。例えばメール送信やファイル処理などの実業務をAIエージェントで代替することで更なる効率化を目指しています。

「情報提供だけでなく、実際のアクションを伴う業務自動化で生産性向上のインパクトは格段に大きくなります」

まとめ:ボトムアップで実現した生成AI全社活用の成功モデル

清水建設の成功要因は、技術導入と組織体制変革・継続的教育活動を組み合わせたボトムアップアプローチです。DX部門の役割を「システム構築」から「UXの提供」へシフトし、経営層から現場まで一貫した推進体制を構築。これが3,000名以上のアクティブユーザーという成果につながりました。

この事例は、伝統的な業界でも生成AIを全社レベルで定着させる現実的なシナリオを示しています。DX部門内で宣言した「建設業界で生成AIを活用する企業No1になる」という目標への取り組みが社内に広がっていく姿は多くの企業にとって大きなヒントとなるはずです。

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